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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)6180号 判決

原告

北島順盛

ほか一名

被告

山根哲

主文

一  被告は、原告らに対し、各金二九二八万二五六〇円及びこれらに対する平成四年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一原告らの請求

被告は、原告らに対し、各金一億五〇〇〇万円及びこれらに対する平成四年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 平成三年三月一四日午後八時五〇分頃

(二) 場所 鳥取市湖山町北六丁目五〇六番地 上山アパート前

(三) 加害車両 普通乗用自動車(鳥五六せ七五〇八号)

(四) 右運転者 被告

(五) 被害者 亡北島俊哉(以下「俊哉」という。)

(六) 態様 俊哉が道路わきの公衆電話で、大阪市の母に電話中、被告運転の加害車両が突つ込んできて、はねられた。

2  責任原因

(一) 被告は、本件事故当時、加害車両を所有し、運行の用に供していたものであるから、加害車両の運行供用者として自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故によつて俊哉及びその親である原告らが受けた人的損害を賠償する責任がある。

(二) 被告は、加害車両内で落としたたばこを拾おうとして、前方は全く見ない状態で加害車両の運転を継続した過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき同事故によつて俊哉及びその親である原告らが受けた損害を賠償する責任がある。

3  俊哉の損害

俊哉は、本件事故により受傷し、受傷直後から除脳硬直、外傷性多発性脳内出血、脳挫傷、消化管出血、尿路感染症等を併発し、昏睡状態が続き、意識を回復することなく急性心不全を原因として平成三年一二月一三日午前一一時八分死亡した(当時満二三歳)。その間、俊哉は、鳥取市江津七三〇所在の鳥取県立中央病院に平成三年三月一四日から同年七月二〇日まで一二九日間入院し、大阪市西成区南津守四丁目五番二〇号所在医療法人山紀会・山本第三病院に同日から同年一二月一三日まで一四六日間入院した。

右受傷・死亡に伴う損害の数額は次のとおりである。

(一) 死亡による逸失利益 金五億八四〇四万二一三〇円

原告ら経営の浴場業(以下「本件浴場業」という。)は俊哉が大学卒業(平成四年三月卒業予定)と同時に継承し、原告らは引退し俊哉に扶養されることになつていた。

本件浴場業の平成元年から平成三年の年間平均売上高は六一五〇万円であるから、経費率を四〇パーセントとすると、右三年間の年間平均収益は三六九〇万円となり、浴場業の実態からして右収益のすべてが労働の対価である。

生活費控除は世帯主として三〇パーセントである。

逸失期間は二四歳から六七歳までの四三年間(ホフマン係数二六・六一一)

(算式)3690万円×0.7×22.611=5億8404万2130円

(二) 付き添い・葬祭のため、父母が年中無休で働いていた浴場を休業したことによる損害 金三二〇万一三六九円

店休業日

平成三年

三月一四日ないし一六日、二二日、四月二四日、五月二四日、六月二一日、七月二〇日、八月二一日、九月一二日、一〇月二三日、一一月一七日、一二月一三日ないし一八日

平成四年一月二九日(四九日法要)

(算式)6150万円(年間平均売上高)÷365×19=320万1369円

(三) 入院(二七五日間)諸経費及び父母交通費 金一三〇万五一三三円

(四) 葬祭費 金九五〇万八〇七六円

内訳 葬儀費用 六三〇万円

寺院関係費用 一七〇万円

仏壇代金 九二万七〇〇〇円

その他 五八万一〇七六円

(五) 入院・死亡慰謝料 金五〇〇〇万円

(六) 合計 金六億四八〇五万六七〇八円

4  相続

原告らは俊哉の親であつて、原告らが相続により、法定相続分に従い、各二分の一ずつ、俊哉の損害賠償請求権を承継取得した。

5  原告ら固有の損害

(一) 慰謝料 原告ら各金一五〇〇万円

(二) 弁護士費用 原告ら各金一〇〇〇万円

6  よつて、原告らはそれぞれ、被告に対し、自賠法三条及び民法七〇九条に基づき、弁済を受けた金五〇〇万円を除いた金三億四四〇二万八三五四円の内金一億五〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成四年八月一五日から支払済みに至るまで同法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)、同4(相続)の事実は認める。

同2(責任原因)(二)の事実は認め、(二)の事実は「被告が加害車両内で落としたたばこを拾おうとして、前方から目が離れた過失により本件事故を発生させた」限度で認める。

2  同3(俊哉の損害)5(原告ら固有の損害)の事実は不知。

三  抗弁(損害の填補)

被告は、原告らに対し、金一〇〇〇万円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は認める。

理由

一  事故の発生、責任原因及び相続について

請求原因1(事故の発生)、2(責任原因)(一)、4(相続)の事実は、当事者間に争いがない。

二  俊哉の損害

1  甲第四号証の一ないし八によれば、次の事実が認められる。

本件事故のため、俊哉は、受傷し、受傷直後から除脳硬直、外傷性多発性脳内出血、脳挫傷、消化管出血、尿路感染症等を併発し、昏睡状態が続き、意識を回復することなく、急性心不全を原因として平成三年一二月一三日午前一一時八分死亡した(当時満二三歳)。その間、俊哉は、鳥取市江津七三〇所在の鳥取県立中央病院に平成三年三月一四日から同年七月二〇日まで一二九日間、大阪市西成区南津守四丁目五番二〇号所在医療法人山紀会・山本第三病院に同日から同年一二月一三日まで一四七日間、合計二七五日間入院し、その入院期間中は付添看護が必要であつた。

2  死亡による逸失利益 三五六八万七九五円

(一)  原告北島順盛(以下「原告順盛」という。)の供述中には、俊哉が大学へ入る前の秋頃、浴場業の設計図を見せて俊哉と話し合つた時、俊哉は、「やつていく」と言つたという供述部分、俊哉は生前、番台以外の風呂屋の仕事を手伝つてくれたという供述部分、「風呂屋のことを考えれば、理科系の方が良い」と私が言つたところ、俊哉は工学部を選んだという供述部分、一般的傾向としては、浴場業は長男が継ぐようになつているという供述部分、原告らの経営する風呂屋の設備が良いので、俊哉は継いでくれるはずであつたという供述部分があり、更に甲第一八号証・甲第二六号証の二には、俊哉が大学に入学した年である昭和六一年の四月一日から行つた設備投資は俊哉が後を継いでくれるのを前提としていた旨の記載部分があり、俊哉が原告ら経営の浴場業を承継する可能性が全くなかつたという訳ではない。

確かに、昭和六一年四月から行われた設備投資に、設備投資に関する俊哉の意向が一定反映されていることは伺えるが、俊哉が入学した工学部機械科(甲第二六号証の二)と浴場業との関連性が不明であること、原告らの経営する風呂屋の設備が良いので、俊哉は継いでくれるはずであつたということに関しても、それは原告らの希望に過ぎないこと、俊哉の卒業予定時は、本件事故から約一年後であり、俊哉の進路に関する意思も確定していたものとは考えられないこと、仮に一般的傾向として浴場業は長男が継ぐようになつていたとしても、それはあくまでも一般論に過ぎないこと、更に俊哉の大学卒業予定時(平成四年三月)(甲第一、二号証)の原告順盛・原告北島洋子(以下「原告洋子」という。)の年齢はそれぞれ五三歳と四九歳であり(甲第七号証)浴場を経営する労働能力が十分あるので、原告らが右のような年齢で長年続けてきた浴場業を引退するとは到底考えられないこと、戦後長男が親の家の稼業を継ぐという風潮は廃れてきているところ、原告らには次男俊昭(昭和四九年九月二七日生まれ)、長女由美子(昭和四〇年七月二七日生まれ)という子らがいるので、原告らが高齢となり、体力が衰えた時点で俊哉以外のこれらの子らが本件浴場業を継ぐ可能性も否定することができないこと(甲第七、一八号証及び弁論の全趣旨)などから、原告順盛の右供述等はにわかに信用できず、結局、原告ら経営の浴場業を俊哉が大学卒業と同時に承継し原告らは引退し俊哉に扶養されることになつていたという原告らの主張事実を認定することはできない(仮に、俊哉が大学卒業後、本件浴場業の経営に関与したとしても、右認定の事実からすると、当分の間、原告らの浴場業を手伝うという形態のものになるであろうから、俊哉の右浴場業に対する寄与度は、当初相当低いものとならざるを得ない。また、本件浴場業からの収益も、後述するように、原告らが主張するような高額なものとなるとは認めがたく、仮にそのような額の収益があるであろうとしても、そのすべてが俊哉の労務に由来することになるとはとうてい考えられない。)。

(二)  ところで、甲第七号証・甲第二六号証の二及び原告北島順盛本人尋問の結果によれば、俊哉(昭和四三年五月二三日生)は、本件事故当時(平成三年三月一四日)鳥取大学工学部機械科三年在学中の健康な男子であることが認められる。また平成三年の賃金センサス第一巻・第一表・産業計・企業規模計・大学卒・男子労働者の二〇歳から二四歳までの平均賃金は三一一万三一〇〇円であることは当裁判所にとつて顕著な事実である。従つて右事実を総合すれば、俊哉は平成四年三月には右大学を卒業し、同年四月以降の同人の年収は、右金額を下回らないものと解するのが相当である。

そうすると俊哉は、平成四年四月(満二三歳)以降、本件事故に遭わなければ六七歳までの四四年間にわたり就労が可能であり、その間に少なくとも平均して右金額程度の年収を得ることができたものと推認されるから、右金額を基礎として、生活費として五割を控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故による俊哉の死亡による逸失利益の俊哉死亡当時の現価を計算すると、次のとおり三五六八万七九五円となる。

(算式)311万3100円×0.5×22.923=3568万795円

3  入院雑費及び原告らの付添・見舞交通費 五四万三八二〇円

(一)  俊哉は、前記二七五日間の入院期間中、一日当たり一三〇〇円の雑費を要したものと推認するのが相当であるので、本件事故による雑費は三五万七五〇〇円となる。

(二)  甲第一一号証及び弁論の全趣旨によると、原告らは、俊哉が鳥取県立中央病院に入院中、大阪の自宅から右病院まで延べ一三往復したこと、そのための電車・バス料金として一回の往復につき一人約一万円を要したこと、俊哉が山本病院に転院した後は、同病院を八八回訪れ、往復のバス料金として一人一回六四〇円を要したことが認められ、これらは本件事故と相当因果関係があるものと認める(原告らは、一部タクシーを利用したとしてタクシー代金相当額をも求めるが、その全部が必要であるとは認め難いから、結局、タクシー代金の主張は排斥し、その分はバス等を利用すれば要したであろう費用として算定した。)。

そうすると、原告らの交通費は、次の算式のとおり、合計一八万六三二〇円となる。

(鳥取県立中央病院関係)

1万円×13往復=13万円

(山本病院関係)

640円×88日=5万6320円

4  入院・死亡慰謝料 二二〇〇万円

本件事故の態様(特に甲第二〇号証の一、九、一二ないし一四によれは、本件事故は、被告が落としたたばこを拾おうとして、前方を全く見ないまま五〇数メートルにわたり時速約四〇キロメートルの速度で加害車両を走行させた結果生じたものであり、その過失が重大である反面、俊哉は公衆電話で通話中であり、いかなる意味においても非難されるべき事情が存しないこと)、俊哉の受傷部位が脳挫傷等の重大なものであること、入院期間が約九カ月に及ぶこと、死亡に至る経緯、年齢、家族構成その他弁論に現れた諸事情を総合考慮すれば、本件事故により俊哉が受けた精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料としては二二〇〇万円とするのが相当である。

三  相続 各二九一一万二三〇七円

請求原因4の事実は当事者間に争いがない。

したがつて、法定相続分に従い、以上認定の俊哉の損害額五八二二万四六一五円の二分の一に当たる二九一一万二三〇七円ずつについての損害賠償請求権を、原告らがいずれも相続により承継取得した。

四  原告らの損害

1  休業損害 各一七万二五三円

(一)  甲第一一号証及び原告順盛本人尋問の結果によれば、本件事故のあつた平成三年三月一四日から平成四年一月二九日までの間(三二二日間)に、原告らが本件浴場を休業にした日は一九日であることが認められるが、他方、年間一〇日程、本件浴場を休業にするのが通例であつたことも認められる。

してみると、次の算式のとおり、原告らが本件浴場を休業にした一九日のうち、本件事故と相当因果関係のあるものは一〇日と解するのが相当である。

(算式) 19日-10×(322÷365)日=10日

(二)  本件浴場の年間所得について

原告らは、浴場業の売上は、水の使用量によつて算式され、これが税務調査における基準とされているのであり、浴場で使用した水一立方メートル当たり一五〇〇円から一八〇〇円の売上があり、その売上の六〇パーセントが利益(経費率四〇パーセント)となると主張し、原告順盛の本人尋問の結果中にも、右主張にそう供述部分がある(同原告調書一六項)。

しかしながら、浴場で使用した水一立方メートル当たり一五〇〇円から一八〇〇円の売上があること及びその売上の六〇パーセントが利益となることを認めるに足る客観的証拠が一切提出されていないばかりでなく、浴場の水道の使用量は、入浴客の人数のみならず、浴場施設における各種設備の内容、数量によつても変動するものであり、入浴料金も年度、利用方法により均一ではないこと、平成四年三月一一日に受理された平成三年度の確定申告書(青色)である甲第一〇号証によれば、原告らは利益率二二パーセント余り(五五六八万四六〇七円の売上に対し、利益が一二四二万八五一四円)であると申告していること、経費としては、水道料金の他に、電気代、燃料代、人件費があるがこれも浴場により異なること、原告らは、浴場の改装工事にともなう多額の借金をかかえ、その支払利息、償却費用が利益を圧迫していること(このことは、同号証において、特殊事情の欄に明記されている。)などに照らし、原告らの前記主張は採用することができない。

そして、右で述べたように、原告らは、本件事故後、甲第一〇号証の確定申告書において、年収を一二四二万八五一四円と申告しているところ、平成三年における本件浴場業による年収は、少なくともその程度はあつたものと認められるから、他に右年収を認定するに足る的確な証拠がない本件においては、右額を右浴場による年収と認めるのが相当である。

(三)  従つて、休業損害は原告ら合計で三四万五〇七円、各自一七万二五三円と認定できる。

(算式)1242万8514円÷365×10=34万507円

2  葬祭費 各五〇万円

弁論の全趣旨により原告らが葬祭費を支出したことが認められ、本件事故による葬祭費相当の損害として賠償を求め得る金額は、寺院関係費用、仏壇代金も含めて、原告ら各自につき五〇万円ずつとするのが相当である。

3  慰謝料 各二〇〇万円

俊哉は原告らの長男であること、本件事故の態様、俊哉の受傷部位、入院期間、死亡に至る経緯、年齢、家族構成その他全弁論に現れた諸事情を総合考慮すれば、本件事故により原告らが受けた精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料は各二〇〇万円とするのが相当である。

以上合計各三一七八万二五六〇円

五  損害の填補

抗弁事実は、当事者間に争いがない。

したがつて、前記認定の原告ら各自の損害から各五〇〇万円を損害の填補として控除すると、原告らが賠償を求め得る残損害額は各二六七八万二五六〇円となる。

六  弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起・遂行を原告訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかであるところ、請求額、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告らそれぞれについて各二五〇万円とするのが相当である。

七  結論

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告らが各金二九二八万二五六〇円及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな日である平成四年八月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、この限度で認容することとし、その余の請求は理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林泰民 大沼洋一 中島栄)

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